2018年08月31日

え?面白くない勉強って、あるの?

こんにちは、くまさんの勉強部屋の熊田です。

挑戦的なタイトルですみません。
今からタイトルの意味を説明していきますね。


現在、横浜市旭区、左近山・市沢地区にて、
くまさんの勉強部屋のポリシーを前面に打ち出した貼りチラシを展開しております。

今日は、その第1弾。
「え?面白くない勉強って、あるの? by くまさんの勉強部屋」
についてのお話です。
(他の貼りチラシも展開中です。探してみてください!)



みなさんは、勉強は面白いものだと思いますか?
それとも、面白くないものだと思いますか?
「それは人による、面白いと感じる人にとっては面白いだろうし、嫌いな人にとっては面白くない」
と答えますか?

私は、「勉強は、誰にとっても面白いものだ」と考えています。
そう言い切る理由は、非常に単純なものです。

「『面白い』と人が思った時、それはどんなことでも素晴らしい勉強なのであり、
 逆に『面白い』と感じていなければ、どんな努力も勉強にはなっていない」
と私は考えているからです。
だから、
「『面白い』ものはすべて勉強であり、『面白くない』ものはすべて勉強ではない」
という結論に達するのです。



なんだか、まやかしのような話、でしょうか?
確かに、そうかもしれません。
そんな理想論を言っても、現実はそうではない・・・。

でも、私はその理想に従って授業を進めています。
「『面白くない』と感じているのであれば、やらなくて良い」と生徒に伝えることもあります。
面白くないのにやっても、なんの意味も無いからです。

ただし、そのように言って突き放す訳ではありません。
その後の対応は場合によりますが、
本人が面白いと思っているもの、思えるものを見つけてそこから再スタートしたり、
題材は変えず、どうしたら面白く感じられるのか、生徒と一緒に考えたりします。
自分の伝え方がイマイチ面白みがないのかもしれない、と反省することもありますし、
「今この瞬間」の「目の前の生徒」にとっては、
「実感を持って感じられない」ということが事実なのだと受け止めて、
どのようにしたら伝わるのかを考えたり、伝えるべき時期を再検討したりします。
あるいは、今、目の前の生徒にとってもっと大事なことは何なのだろうか、と考えます。


現実は、このように右往左往するのですが、
たとえすぐに適切な対応が見つからないとしても、
考え方の核として持っているべきことが、
「勉強は誰にとっても面白い」=「面白く感じられることだけが勉強だ」
ということなのだと思います。
これが絶対にブレることがあってはいけない、というのが、
くまさんの勉強部屋のポリシーです。



勉強は、人間の知恵の進化の歴史をたどるようなものだと思います。
現在ある様々な知恵が、過去に新しく生み出された時、
それはどんなに魅惑的で、興奮に満ちたものだったでしょう。
あまりの大発見に、
「この先の世の中がどう変わってしまうのだろう」
という恐ろしさすら感じたかもしれません。

このような知の歴史を追体験し、面白さに取り憑かれることこそ、本当の意味での学びなのだ、と思うのです。



くまさんの勉強部屋
熊田恵
posted by kumada kei at 00:07| 神奈川 ☁| Comment(0) | 勉強部屋より | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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