2018年09月04日

基礎力=楽しむ力

こんにちは、くまさんの勉強部屋の熊田です。



現在、横浜市旭区、左近山・市沢地区にて、
くまさんの勉強部屋のポリシーを前面に打ち出した貼りチラシを展開しております。

今日は、その第2弾。
「基礎力=楽しむ力  by くまさんの勉強部屋」
についてのお話です。
(他の貼りチラシも展開中です。探してみてください!)



前回の「え?面白くない勉強って、あるの?」のお話では、
「面白いと感じていなければ、勉強にはなっていない」という考えから、
「面白くない勉強」というのはそもそも間違った設定であり、存在し得ない、
という私の解釈をご説明しました。

このような私の考えから、「基礎力=楽しむ力」という考えも生まれてきます。


一般には、「基礎」というのは「読み・書き」「計算」などのような、
人間が生活をする上での「基本技術」のようなものと見なされているかと思います。

確かに、現代に生きる全ての人間にとって、
それは多かれ少なかれ、あるいは上手い下手の差はあっても必要なものだ、
ということに疑問の余地はありません。



しかし、ここでもまた、私は、このような「基礎」が発明され、発展してきた人間の歴史について、思いを馳せるのです。


ある時代には、言葉の読み書きは特別に教養のある人間のものであり、
一般庶民にとっては宗教の知識や考え方、作法が、生きる上での「基礎学力のようなもの」と見なされていました。

そもそも、文字が発明されたのは人類100万年の歴史のうちわずか5000年程度ですし、
南アメリカのインカ帝国は、はっきりとした文字を500年前までずっと持たなかったにもかかわらず、優れた文明を発展させていました。

狩りが生活の糧である時代であれば、打製石器や簡単な磨製石器の作り方が基礎学力でしたでしょうし、
稲作が始まってからは、占いや呪術(豊作祈願の方法)が権力と結びついていたと言われます。

戦争ばかりの時代であれば、歌を上手に歌える力こそ、最も尊ばれたに違いありません。

これから数十年は、プログラミングが最も重要な基礎学力である時代になるのかもしれません。


このように考えると、「読み・書き」「計算」が「基礎学力」である、というような考え方で本当に良いのか、
それはあまりに狭小な、時代も文化も非常に偏った一瞬の考え方なのではないか、と思えてくるのです。

時代の変化が激しい現代においては、子供のうちに身につけた「基礎(と信じて疑わなかったもの)」が、
大人になったら既に古臭い、使い物にならないものになっている、という可能性は十分にあると思います。

プログラミングでさえ、30年後には「何それ、化石みたいなやつ?」と言われてしまうかもしれません。
プログラミングは、コンピュータが自分自身で自動で行っている時代、などというのも、もう想像に難くないのではないでしょうか。



こうなってくると、ますます「基礎力」とはどういうものなのかについて、
私たちはよく考えておく必要があるように思います。

前の回にも申しましたように、歴史的に新しい発想や発見というのは、
当時にしてはものすごく突拍子もなく、刺激的で、破壊的で、魅惑的なものだったのだろうと思います。
そこに潜むものは、それらを生み出す原動力は、
「面白い」と感じて追求するという心、精神、または生き方以外の何ものでもなかったのではないか、と思います。

このような生き方や精神を身に付けることこそ、私は「基礎学力」を養うことなのだと思うのです。
これは、どんなに時代が変わっても古びることがなく、いつでもどんなものにでも応用が効き、
それゆえ新しいものを学び取る原動力になるはずです。


考えてみれば、子どもが生まれて来た時、自分の周りにあるモノと知識には基礎と応用の区別などなく、
全てが自分にとって単に「新しいモノ」であったはずです。

新しいモノを知りたい、という原動力は、「面白い」と感じる心です。
さらに追求しよう、という原動力は、「楽しい」と感じる精神です。

誰しも、生まれてしばらくの間はそれを持っていたはずです。
だからこそ、これが「基礎」と呼べる根拠でもあります。
それなのに、いつの間にか、なぜか、その力を失っていく・・・。

意外にも、すべてを全力で「楽しむ」という力は、簡単に身につく訳ではないようです。

逆に、周りの人間がこれを失わせることなく、次の段階に上手につなぐことさえできれば、
「楽しむ力」が強くなり、自ずと学力は伸びるはずなのです。



「誰もが出来ているべきこと」が基礎力なのではなく、
「誰もが持っているべき精神と態度」こそが、基礎力の源だと言えるでしょう。

「誰もが出来ているべきこと」は、すぐに変わってしまうかもしれませんが、
「誰もが持っているべき精神と態度」は、一生涯に渡り、使えないものになることがありません。

だから、その精神と態度が「基礎力」なのであり、
それは、物事すべてを「楽しむ力」なのです。



くまさんの勉強部屋
熊田恵
posted by kumada kei at 02:08| 神奈川 ☁| Comment(0) | 勉強部屋より | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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